「一本締め」と「一丁締め」、混同されていませんか?
最近、「それでは一本締めで」という掛け声のあと、
**「よーっ、ポン」**で終わる場面をよく目にします。
すっかり当たり前の光景になりましたが、
実はこれ、
一本締めではありません。
一丁締めと言われる関東のヤ〇ザがはじめたとされる手締めです。
この違和感を覚える人は、
年々少なくなっているように感じます。
本来の手締めの違い
まずは整理してみましょう。
■ 三本締め(さんぼんじめ/江戸締め正式)
- 一本締めを3回繰り返す
- 10回 × 3回 = 計30回
- 正式・公式な場で用いられる手締め
※ 三三七拍子とは別物です(笑)
■ 一本締め(いっぽんじめ/江戸締め正式)
- 3・3・3・1 の拍子で、計10回手を叩く
- 「パ パ パン、パ パ パン、パ パ パン、パン」
- 三本締めの“3分の1”の長さ
- 内輪の宴席などで使われる正式な手締め
■ 一丁締め(いっちょうじめ/関東の略式)
- 「よーっ、ポン」で終わる略式の手締め
- 関東で生まれた簡易的な形式と言われています
- 居酒屋や短時間の区切り向き
問題なのは、
一丁締めが「一本締め」と呼ばれてしまっていることです。
一本締めは、なぜ「10回」叩くのか?
一本締め(10回手をたたく)には、意味があります。
- 9回叩く → 「九」=「苦」
- そこにもう1回足す → 「点」が加わる
- 「九」に点がついて → 「丸」
つまり、
苦労の末、すべてが丸く収まりました
皆さんご苦労さまでした
という、とても縁起の良い意味が込められているのです。
この意味を知ると
「ポン」の一発で終わらせてしまうのは、
どうにも有難味が感じられません……。
揃わない悲劇、ありませんか?
最近よくあるのがこれ。
「それでは一本締めで!」
すると
- ポンと1回叩く人
- 10回叩こうとする人
が混在し、まったく揃わないまま散会……。
私はこの光景を、ここ20年で何度も経験しています(苦笑)
これでは、まったく締まりません。
なぜ「一丁締め」が「一本締め」になってしまったのか
では、なぜ本来は略式であるはずの「一丁締め」が、
いつの間にか「一本締め」として定着してしまったのでしょうか。
その大きな要因のひとつが、テレビの影響ではないかと思っています。
野球キャンプでの「よーっ、ポン」
プロ野球の春季キャンプや練習終了時、
選手やコーチが円陣を組み、
「じゃあ今日はここまで。よーっ、ポン!」
と、手を一回叩いて解散する場面を
テレビで見たことのある方も多いのではないでしょうか。
あれは儀礼的な手締めではなく、
あくまで練習の区切りをつけるための号令。
つまり、**一丁締め(略式)**です。
ところが、テレビのナレーションやテロップでは、
「一本締めで練習を終えました」
と紹介されることが少なくありませんでした。
これを繰り返し見た視聴者が、
「一本締め=よーっ、ポン」
と思い込んでしまうのは、ある意味自然なことです。
略式が“正解”として全国に広がった
テレビは全国に同時に影響を与えます。
しかも、由来や拍子の説明はされません。
結果として、
- 一丁締め(略式)
- 一本締め(正式)
この二つの違いが知られないまま、
略式だけが「一本締め」という名前で独り歩きしてしまったのです。
正しい三本締めを見る機会が減った
一方で、
正しい三本締めが今も行われている代表例が
東京証券取引所の大発会・大納会です。
今でもあの場では、
正式な三本締めが行われていて、日本最高峰の正式な手締めでございます。
しかし、
- ニュースでは株価や指数が中心
- 手締めの場面は一瞬で終わる、あるいは映らない
- 若い世代はそもそも地上波ニュースをあまり見ない
こうした事情から、
正調の三本締めに触れる機会そのものが減っているのが現状で。
知らないのではなく、
見たことがないのです。
知らないのではなく、見る機会がなかっただけ
今の若い世代が
「よーっ、ポン」を一本締めだと思っているのは、
無作法だからでも、軽んじているからでもありません。
ただ単に、
それしか見たことがなかった
というだけなのだと思います。
だからこそ、伝えていきたい
一本締めの10回の拍子や、
「九(苦)に一点を足して丸く収まる」という意味。
三本締めに込められた
場を清め、気持ちよく区切るという役割。
それを知った上で使い分けることができれば、
手締めは単なる形ではなく、
気持ちを整える美しい文化として、
きちんと次へつながっていくのではないでしょうか。
江戸締めは一種類ではない
「江戸締め」と一口に言っても、
実は複数の型があります。
江戸締めの中の手締め
| 種類 | 役割 |
|---|---|
| 三本締め | 完全に閉じる |
| 一本締め | きちんと区切る |
| 一つ目上がり | 余韻を残す |
| 一丁締め | 仮に止める |
一つ目上がりとは
- 一本締めと同じ拍子
- 最後の一拍をやや強く、高く打つ
- 中締めや寄席などで使われた
江戸は、
場を一律に閉じない都市でした。
大阪締めとの思想差
大阪締めには、必ず掛け声が入ります。
打〜ちまひょ!
もひとつせ!
祝うて三度!
これは、
- 場を盛り上げ
- 人を巻き込み
- 次へつなげる
という、
商人文化の思想です。
対して江戸締めは、
- 拍子重視
- 静か
- 線を引く
武家社会の秩序が反映されています。
手締めは誰が音頭を取るべきか
手締めは拍手ではありません。
場を閉じる宣言です。
だから原則は一つ。
主催者が音頭を取る
代理の場合も、
主催者に指名された人が行います。
来賓や若手が
軽いノリで音頭を取ると、
場が締まらないのはそのためです。
手締めは「都市の履歴書」
手締めには、
- 都市の成り立ち
- 人間関係の距離
- 責任の所在
が、
音として刻まれています。
どの締めを選ぶかは、
この場をどう終わらせたいか
という意思表示なのです。
おわりに
「よーっ、ポン」が悪いわけではありません。
問題は、
それしか知らなくなってしまったこと。
一本締め、三本締め、
大阪締め、江戸締め。
それぞれを知り、
場に応じて使い分ける。
それだけで、
手締めは
日本文化として、もう一度息を吹き返す
のではないでしょうか。
